ぷうごまの日記

都内30代の日々の記録です

妊娠初期から5か月目までの記録

忘れないうちに初めての妊娠の記録を。

 

2か月(2021.5)

妊娠発覚

4wに検査薬で陽性。基礎体温を付けていて高温期が続いていたことと、ひたすらに眠い日があったりして、妊娠かな、と思っていたので、喜びよりも先に「やっぱりそうだよね」と感じた。翌日念のためもう一度検査をした。

病院で検査

病院で検査してもらえる5wまで待って、通っていた婦人科へ。正常な妊娠と確認されて、一安心。検査薬で陽性が出ても、子宮外妊娠の場合もあることを妊娠するまで知らなかった。
この時にはすでに悪阻で気持ち悪くなっていたけど、先生に「今のは序の口で、これからもっと来るよ~」と言われ、ちょっと不安に。

病院の後に本屋でマタニティの本を一冊購入。行きの電車移動が辛く、帰りはタクシーに乗ったらタクシーも酔ってしまい辛かった…。

はじめてママ&パパの妊娠・出産 (実用No.1シリーズ)

 
夫に報告

病院へ行った日、夫に妊娠を報告。「え!ほんとに!!」と喜んでくれて嬉しかった。年齢を気にしていた私がプレッシャーを掛けてしまっていたこともあり、夫は夫なりに不安だったようで安心していた模様。直前に生理周期が乱れてしまったこともあり、いつ頃に出来たらいいね、と話していた時期より少し早くて、夫はどう思うかなと少し心配だったけど、喜んでいる姿を見て私も妊娠の喜びがどっと来た。

いつも朝ごはんは私が用意しているけど、報告の翌日は私を起こさずに自分でやってくれて、「さっそく行動に変化が…!」と感激した。

仕事と体調

気持ち悪さで仕事ができず、親よりも先に上司に7wで報告…すぐに業務調整をしてくれた。いまの上司は、以前長期の出張で心身共にしんどくなり、音を上げた時もその場で今日で出張終了、と調整してくれた。本当に感謝しきれない。

3か月(2021.6)

母子手帳と妊婦面談

母子手帳を区役所で受け取った。ただ、役所でも具合が悪くなってしまい、横になれる場所はないとのことで普通のソファで座って休んでいたら、役所常駐の保健師さんが様子を見に来てくれた。もう、ほんとに、ありがとうございます…。

その日は妊婦面談を受ける体力がなかったので、後日に。手続きの概要を聞いたり、色々な資料、区からのお祝いを受け取ったり。お役所はやはり紙文化で、ミスなく漏れなくやっていけるか不安。

体調

腹痛と気持ち悪さが続く。悪阻にも種類があるのを知らなかったけど、私は食べ悪阻だった。何か口に含んでいないと気持ち悪く、食べたら食べたで気持ち悪さが押し寄せる。

PCを見ていると酔う感じが強く、気持ち悪さで仕事にならないので母健連絡カードを貰い、1週間の傷病休暇を取った。ただただベッドで横になっていた。

腹痛が何時間も続いた日があって、痛みと不安で号泣した。本を読んでもネットで調べても病院に行くべきか判断できず、まだ親にも伝えていなくて誰にも相談もできず、不安で不安で仕方なかった。

ちょっとした出血も不安で、都の妊娠相談ホットラインを思い出したころには受付時間が過ぎていて、結局翌朝に病院へ行った。なんともなかった。(いま思えば茶おりだったのかもしれない。)

家事(特に料理中)をしているときの腹痛や、夜は過呼吸気味になるのがしんどかった。夫とスーパーに買い物に行ったら貧血を起こしたのもこの頃だったかな。

メンタル

ホルモンバランスの影響とわかっていても、何もなくても涙が出る、家のことも仕事も、のんびり過ごそうと読書でもしたいけどそれもできない無力さが辛く、しょっちゅう泣いていた。赤ちゃんはちゃんと元気なのか、親としてしっかり育てられるのか考え出すと不安でたまらなかった。

妊娠するまでは「性別はどっちがいいな」とか「習い事や学校はどういうところが良いかな」とか考えると楽しかったけど(今も教育はよく考えるけど)、実際に妊娠すると、「元気にお腹の中で育って生まれて来てくれればそれで良い…。お願いだから元気で…」という気持ちになった。元気に育ってください。

体調も心も崩しっぱなしで「私って元からこういうタイプだったのかも。快活では決してないし」なんて思い始めてた。

食事

よく聞く、炊き立てのお米がダメとか、マックのポテトを欲するとかは妊娠8か月の今現在でも一度もない。夫が買ってきてくれる蒟蒻ゼリーを食べまくる日々。あと、自分で作る料理がまずくて仕方なかった。オイスターソースとか味噌汁のきのこ類がちょっと苦手になった。

言葉にしないと伝わらないだろうから、「何もできないくらいお腹が痛い。ご飯は作るか買うかして」と伝えた。多分、美味しいものを、と思ってデパ地下で買ってきてくれたけど、これがこのまま続くと家計が…と内心焦ったり、何を食べたいか伝えないと買えないタイプで、体調悪い中あれこれ指示を出すのはきつかった。人に何かを依頼するって難しい。二人の関係・コミュニケーションの取り方を改めないとな、と思った。

ただ、私が蒟蒻ゼリーなら進んで食べると知ると、たくさん買ってきてくれたり、毎晩背中さすってくれたり、伝えれば優しさいっぱいで応じてくれる人で良かった。

SNSの有難み

あまりにも初期で周りに相談しづらい中、SNS経験談や芸能人のYouTubeをよく見ていた。もちろん医学的な根拠に基づいた情報こそ大事だけれど、「お腹というか恥骨の方まで痛いのって変なのかな」「こんなメンタルぐずぐずなの、変かな」とかちょっとした不安にはインターネットの先の方々の声が温かかった。
SNSがない時代だったら、孤独と不安でどうにかなってしまっていそう…

4か月(2021.7)

妊婦検診開始

12wから妊婦検診がスタート。心音を聞けて感激した。こんなに速いのか、と驚き。
次の検診まで1か月も開くとは知らなくて、毎週行って元気か確認したい…と思った。
胎児用の心音計を買おうかとも思ったが、心音が聞こえない時もあるようでそうなったときの自分のメンタルを案じて、購入は保留に。

親へ報告

12wを過ぎ、親へ報告した。喜んでくれた。里帰りはしないつもりだったけど、親の意向や希望もあるだろうから、相談してみた。すぐに実家近くの産院の予約状況や何週までに帰らないといけないかとかを聞いてくれた。結局、里帰りはせず、親がこちらに通ってくれることになった。

里帰りする、しない?

元々、コロナがなくても里帰りをするつもりはなかった。

・親レベルを夫と一緒に上げたい

産休育休はあるとはいえ、女性だけでの子育てはしたくないし、男性にも育児主担当としての意識を持ってほしい。

・子の成長を一緒に見たい

里帰りをすると産後一カ月は実家で、仮に毎週末に夫が様子を見に来ても我が子の成長を日々見られないのはかわいそうだと思っている。これは、私が第二子を考えていないからこそ強く思うのかもしれない。

・夫と数カ月離れるのが嫌だ

新婚だし、二人きりの時間をまだまだ大切にしたい。

一方で、里帰りをすることのメリットももちろん捨て難く、迷った。でもやはり私は上記の思いが強く、里帰りをしない決断をした。

といっても、母が毎週通ってくれると言うし、義母は近所在住だから選べた選択かな。

マタニティウェア

レギンスとブラを購入。ブラはベルメゾン授乳ブラ。全然苦しくなくて買い足した。

検診や買い物で外に行くときは元々持ってたワンピースにレギンス、家では夫のUNIQLOのステテコを拝借。

妊娠線予防

無印のスウィートアーモンドオイルを使い始める。体質に依るんだろうな、と思いつつも、全身の乾燥対策にも使えるし、と購入。けっこう塗り忘れる。妊娠8か月の今、まだ妊娠線は出て来てない(と思う。)

久しぶりの美容院

少しずつ体調が良い時間が増えてきて、数か月ぶりに美容院に行けた。つわり中は、約束の時間を守る自信も、1時間ほど体調良くいられる自信もなく、ひきこもるしかなかった…久しぶりに夫以外の人と話せて気分転換にもなった。

耳が変…?

時々耳が詰まるような、声が籠もるような感じが。「水入ったのかなー。しばらく続くなら耳鼻科行った方が良いのかなー。」と思いつつ、放置。(後に妊娠の影響と知る。)

5か月(2021.8)

安産祈願

コロナ感染者が増えていて、平日とはいえ行くかどうか前日まで迷った。
水天宮にて戌の日に朝イチの回で祈祷して頂き、「どうぞお守りください…!私も守り抜きます…!」という気持ちでいっぱいになった。ご祈祷中、夫は外で待つしかなかったけど、そのあと久々に2人でのお出掛けを満喫できた。

壁に飾り棚を付けて、授与品の数々を飾って「〇〇(胎児名)神宮」と呼んで時々拝んでいる。

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メンタル

コロナで家族ともずっと会えていない、結婚関係の諸々も予定すら立てられないことがずっと気掛かりで、親にも申し訳ない気持ちだった。そんな状況で妊娠して、出産する頃の状況はわからないけど、産後に親に来てもらう=移動させてしまうことは危険なのではないか、と、自分の選択が正しいのかわからなくなった。

コロナ1年目(2020)は、とにかく罹らないことが重要で、家族や友人とも会わずにいることが自分にとっても相手にとっても最善と思って、そうできた。実際、夫と人の多いところに出かけるとすごく不安で、ここから逃げなきゃ、と思ってしまうほどだった。
だけど、こうも長期化して、さらに妊娠で今後の家族との付き合いを考えると、人と会わないことが最重要で最優先としてきた自分の軸がぐらぐらと揺れた。

夫に不安な気持ちを伝えて、里帰りするのかしないのか、もう一度考えた。それでもやっぱり里帰りせずにこっちで産もう、と決断。

体調

悪阻が落ち着いてきた。体重があまり増えていなくて少し不安だったけど、医師から「無理して食べなくて大丈夫」と言われた。元気になってきたこともあり、無理せずとも本来の食い意地が帰ってきて、けっこう食べていた。

胎動?

お腹がうにょうにょと動くような、小さい魚が跳ねるような感覚があった。空腹でお腹が動く感じとも違うけど、これは胎動なのか…?と自分でもよくわからない。はっきりわかるようになって、夫も感じられる日が来るのが楽しみ。

出生前診断どうする?

通院している産科で相談したり(当時はわかっていなかったが、医師ではなく助産師に相談していた。)、日本産婦人科学会の指針や、検査可能な病院の資料などを読んだ。夫とは少し前に受けない、ということで整理がついた気でいたけど、受けられる期限が迫る頃に念のため確認したら、考えたい、と…。最終的には受けないことになった。夫の考えを知ることが出来て、良い機会になった。話し合いを通して、赤ちゃんを大切に思う気持ちがさらに強くなった。

コロナのワクチン

13wで1回目、16wで2回目を接種。夫は私よりも早く打ち終わっていたので、一旦は安心。

英米の研究結果や、厚労省の見解をチェックしていたから、接種券が届き次第すぐに予約をした。8月の供給不足が起きる前に滑り込めて幸運だった。

日々の過ごし方

悪阻はだいぶマシになったものの、在宅勤務でMTGがなかったり手が空くとついゴロゴロしたり、午後は眠気に負けたり…。
土日も、暑いしコロナだし、ということでゴロゴロとオリンピックを見まくる日々。
暑いしコロナだし妊婦だし、ということで、ネットスーパーを利用するようになったのもこの頃。

振り返ってみて

初期は毎日ひたすら横になっていたように記憶していたけど、色々なことを感じたり考えたり調べた日々だった。記録残せて一安心。

最初はやっぱり心身ともに異常事態だったけど、5か月になると体調も落ち着いてきたり、何より夫と安産祈願でお出かけできたのが楽しかった。夫から「顔が変わった。お母さんの顔なのかな」と言われるようになったのもこの頃。(丸くなったせいかも?)